双京構想の目的は、東京と京都で皇室の機能を分散させることにあります。

双京構想

双京構想とは、東京の皇居に全てが集約されている皇室機能の一部を京都に分散する計画案です。

 

京都は複数の御所を有していますが、皇族が住む正規の拠点は全て東京の皇居になっています。

 

東日本大震災の翌年2012年に災害時のことを考え、京都に皇族の一部が滞在し公務を行う案が提案されたのが双京構想の始まりです。

 

もともと2005年より関西広域連合から皇族の京都常住を提案してきた歴史を持ちますが、東日本大震災で東北地方が壊滅的な被害を受けた影響によって、より現実味のある構想案として注目度を高めています。

 

 

京都府は現在も積極的にアピールしている

 

皇室の代官を作る案では双京構想のほかに、災害やテロなど有事の際に限定して代官を行うキャンプ那須構想がライバルになります。

 

キャンプ那須構想は双京構想と同じく2012年に提案され、同年には2回の策定プロジェクト会議を実施して話題になりましたが、その後は議論が止まっています。

関連:キャンプ那須構想とは

 

それに対して双京構想は、皇族が長期滞在をして最終的には住んでもらうことを目的に現在も積極的なアピールを続けています。

 

構想の中核を担う京都市では、平成29年度にPR動画を作成して、国民および市民へ向けて双京構想の必要性を紹介しています。

 

 

副首都構想や皇室の代官の候補地にあがっている自治体の多くは、国からの開発や整備の財源確保を見返りにしたアピールをしている所が多いですが、京都の場合は皇族が住んで皇室行事を行うことで歴史のある都町の付加価値を高めようとしている狙いがあるのかもしれません。

 

 

 

行宮の必要性

 

行宮は「あんぐう」、「かりみや」などの読み方があり、天皇や皇族が一時的に利用する設備の総称です。

 

日本には現在、12カ所以上の行宮がありますが、そのほとんどは、古い時代に建てられたもので、現時点で本格的な行宮として機能しているものはありません。

 

天皇制を導入してきた日本では、古くから行宮の必要性が浸透していて、多数の行宮が建設された歴史を持ちます。

 

現代における行宮は京都になる御所や御用邸と捉える動きもありますが、長期滞在や住居にすること、なおかつ皇室の業務を行える環境で考えればどれも不十分です。

 

かつては政変や内乱・戦争のことを考えて作られていた行宮ですが、現在の双京構想が東日本大震災をキッカケに提案されたことは、日本が平和である証拠だと捉えることができます。

 

また、長年大きなテロが起きていない日本でも将来安全な保証はなく、昨今は日本人が大量殺人を行う犯罪事例が増加しています。

 

事態が急変してからの整備では問題があるため、行宮としての役割を強めた双京構想は、現在も国を相手にしたアピールおよび議論が頻繁に行われています

 

大阪副首都構想が強まれば、日本における関西圏の重要性が高まり、双京構想の実現に向けて大きく前進するかもしれません。

 

 

 

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